受け入れられるということ、受け入れられないということ

些細な勘違いや思い込みの積み重ねで、パン屋で働くことが苦痛になってしまったメイトがいる。
もちろん本人の勘違いや思い込みだけでなく、私たちスタッフの日々の何気ない言動の中にも少しずつ問題はあっただろう。
いろんなことがあいまって、とにかく彼は心身ともにかなり疲れてしまった様子だ。とりあえずは、しばらく休職ということになりそう。


彼が満たされない気持ちになる一番の原因は「自分は認めてもらっていない。自分は否定されている。」ということ。(らしい、たぶん)
彼はこだわりが強いことなどから、作業のはかどりが大変に悪い。
彼に指示を出した仕事でも、時間がたって仕上がりそうもなかったら途中から他の人に手伝わせることになる。
また、何人かで同じ仕事を同じ数量ずつ分けて作業する時でも、彼だけ仕上がらないということはしょっちゅうだ。
なので、自然と急いでいる仕事は彼には回さないということも起きる。
それから、なんとか手早くやってもらうためにしょっちゅう声掛けをして急かすということにもなる。そうしないと、彼にさせる仕事がなくなってしまう。
そういう扱いを受けても、気持ち的には何のわだかりも持たないメイトもいる。しかし彼は、そういう扱いを受けるとプライドを傷付けられ、心の中でいろんなことを考えてしまうのだ。
そして、その他にもいろいろとナイーブな問題が積み重なり、ついには「自分は認めてもらっていない。否定されている。」という思いにとらわれてしまった。


もちろん、そこまで彼を追い詰めてしまった私たちスタッフの対応の悪さはある。遅くても、少しでも、彼がひとつ作業を成し得たら、充分達成感を味わえるように工夫してあげるべきだったのだ。しかし、ここが難しいところで「よくできましたね」と褒めると「できた」という思いと「この仕事はこれでいいんだ」という認識だけが強くのこり、それ以上先へは進もうとしなくなってしまう。現状で満足してしまう。それも、困るので「次からはもう少しがんばってみましょうね」という言葉が必ず付加されることになる。そうすると、達成感、満足感は消え「注意された」ことだけが大きく心に残る。そして、いっこうに作業スピードは向上しない。
そうなってくると、忙しい職場においてはだんだんと取り残されていってしまうことになる。実際は、他のメイトもそんなに難しい作業をしているわけではないので、彼だけが取り残されるということはない。でも多分本人には「取り残された」感覚が強くあると思う。


就労するということは社会的に「認められる」ということにつながる。
でも、仕事の中でのひとつひとつの作業はそれが完全にできるまでは注意されたり、やりなおしを命じられたり、そんなことの連続だ。そしてそれは1人前として「認められていない」ということである。
障がいのある人を職場で受け入れたとしても、作業の出来不出来によってはその作業結果を「受け入れられない」場合は当然あるだろう。しかしそれはその人自身を受け入れないということではない。
これは障がいのあるなしに関わらず、新人であれば誰でもそういうことはある。経験を積むことによって、十分習熟していくことによって認められ、受け入れられていくことになる。
普通はそういうことをイチイチ考えることなく、仕事とはそういうことだと暗黙のうちに了解しているものだ。
彼は作業結果を認められなかったことを、自分の存在を受け入れてもらっていないことというふうに捉えてしまった。ちゃんと仕事ができるように、一生懸命がんばるんだよ、そうすればこれはできるようになるし、もっと他のこともできるようになる、そういうリクツをなかなか理解できないのだ。
働くとは、そういうことだ。簡単な仕事であっても、求められた結果を出さないと認められない。それは作業結果を認められないということで、あなた自身を認めていないわけではない。でも、障がいを持つ彼にはその区別をするのが難しい。そして仕事に対する意欲も、心身ともに疲れてしまった今は無い。


たぶん、私たちスタッフがキマジメすぎるのかもしれない。障がい者が仕事をするのだから、多少遅くとも、出来が悪くともいいじゃないか…でも、でも、それを許してしまうと職場としてのタガが外れてしまう。現状のできる範囲で許すのではなく、もうちょっとがんばらせてみる。もうちょっとがんばってみないと、いろんなことの可能性というのは見えてこない。


「もうちょっとがんばらせる」ことのがんばる度合いやがんばらせ方、その中からどう達成感を持たせるか…そういうことが私たちスタッフの今後考えていかなければいけないことだろう。
人にはそれぞれ受け入れてもらえない部分(未完成な作業能力など)がある。そういう自分を自分自身受け入れることができない限り、他人には受け入れてもらえないものなのだ…ということをいつか彼にはわかってほしい。
ややこしいけど…