適当な在庫管理は難しい

在庫というほどのものでもないが、パン屋には毎日使うコマゴマとした備品、消耗品がいろいろある。
ゴミ袋、台所用洗剤、トイレットペーパーなどの日常雑貨
もちろんパン作りに必要なさまざまな副材料
卵、チーズ、ケチャップ、ソース、マヨネーズ
砂糖だけでも、グラニュー糖、黒糖、粉砂糖、ドーナツシュガーといろんな種類がある。
これらの雑多なものは在庫の管理などは全くせずに使い放題。
なくなりそうになったら買い足す、という家庭生活と全く同様なアリサマ。
管理はズサンだが、必要なときに無くなっていると困るものばかり。
普通だったら、もう少しでなくなりそうになってきたら、
「そろそろこれ、なくなるね」
「買い置きはあったかな」
「あっ、もうこれで最後だ。今度買ってきてね」
てな感じの流れになる。


しかし、メイトの場合はちょっと違う。
使って使って使って使い切って、全くなくなってから初めて
「なくなりました」
と、報告することになる。
げろげろ〜 それぢゃぁ、遅いっつぅの
もうちょい早めに、言えんのかっつぅの
しかし、その「もうちょい早め」というのが難しい。
洗い物はメイトのIさんがすることが多いので、スタッフが気付かぬマに台所洗剤がなくなっていることがよくあった。
余談だけど一度に使う量もハンパではないのだ。
「空っぽになってからでは遅いのです」
と教育的指導を試みてもどうもピンと来ない様子。
「もう少し早めに言って」という、そのタイミングがわからない。
それよりもっとわからないのは、「空っぽになってからでは遅い」という切実感。
M本さんが
「これは、みんなが使います。これが無いと何も洗えません。
汚れがおちません。汚いままでは仕事に使うことができません。
とっても困ります。」
と、セツセツとうったえるけど、なんかヒトゴトのよう


Iさんはいつも財布にお小遣いをいれている。
自分のお金で自分の好きなCDや、洋服、コスメなどの買い物をする。
それを知っていた私は
「Iさん、あなた自分の財布の中のお金が無くなったらどうするの?
お買い物をしたあとに財布にお金がちょっぴりしか残っていなかったら、どうするの?
財布がからっぽになるまでお金を使い続けるの?」
と、言ってみた。
そしたら、ハッとした顔つきで
「そっ、そっ、それは困ります。
空になっては困ります。」
と、私が期待した以上のリアクション。
M本さんの説教を聞きながら、どこか虚ろな顔をしていたのが嘘のよう。
空っぽになった自分のお財布を思い浮かべて切実に
「それは困った」と思い悩んでいる様子。


「そうでしょう!それと同じ。この洗剤のビンが空っぽになったら困るの。
残りが少なくなってきたら、『これがなくなったらどうしよう!』って思って。
『なくなりそうです』って私達に伝えて」
「はいっ!わかりました!」
ん〜ほんとかなぁ、ホントにわかってくれたのかなぁ


「少なくなったら報告する」ことの動機付けというか、重要さは一応伝えた。
あとは、実際に何がどうなったら「報告するのか」
洗剤の底の近くにマジックで線をひき、ここまできたら報告する。
という案もあったけど、その線の前後あたりで何度も何度も
「なくなりました」「なくなりました」
と言われるのが簡単に想像つくので却下。


結局、現在使用中のビンAの右横に予備を1本並べることにした。
それまではストックは全部、戸棚の中だったけど予備Bを目につく場所におく。
使用中のAがからになったら、Aは下げてBを左にうつしAとする。
さらに戸棚の中から新たな予備を1本取り出してBとする。
戸棚の中にもう買い置きがなければ、この時点で「なくなりました」と報告をする。


うん、これで行こう。
これなら必ず予備が1本ある状態を保てるわけだし、私達も目でみてわかるので安心だ。
このルールを徹底するのは手間だけど、「少なくなったら言ってね」というアバウトな要求はしょせん無理なので、ストレスは少ない。
でもって、このルールを他のことにも順次応用して広めていくことに。
日常雑貨的なものは、たいてい通常使うAと、買い置きCがありそれぞれ違うところに保管されている。
Aはすぐ使える場所にあり、Cは引き出しの奥や戸棚など見につかないところ。
なのでその中間BをAのとなりに常においておく。
ちょっとゴチャつくけれど、これでずさんな在庫管理からくる突然の欠品にみまわれなくてすむ。
ルールを同じにすることで、説明もしやすいし、習得もしやすい(はずだ!)
M本さんは丁寧に予備Bの真上に「なくなったら言う」と張り紙までしたので完璧だ。(そのはずだ!)


日常のささいなことでズラズラと長く書いてしまったが
私にとっての一番のポイントは
「財布の中のお金が少なくなってきたらどうするの?」
に対するIさんの過剰なほどの反応だった。
そうそう、困るよね。
洗剤だって、お砂糖だって財布の中のお金と一緒
使いたい時になくなっていたんじゃ困るのよ
よぉく、覚えておいてね。