最低賃金適用除外申請−その2−

その1はここ


えっと、そういうことで3月初旬に申請をしました。金額をどこまで落としたかというのは、ナイショ。だって個人情報になりますものね。「ふぅ〜ん、あの人たちは○○○円で働らかされてるのかぁ…」とかいう風に見られるのは、なんだかヤだし。
申請理由を書くのは、とってもためらいがあった。
というのは、何が何でも数値計測した何らかの値を明示しないといけないように思っていたので。「健常者の場合、1時間に卵をXX個割れますが、この人の場合は…」とかいう具合にね。でないと、賃金をどこまで落とすのが妥当か、ということが客観的に判断できないじゃないですか?で、どうしよう…とためらっていたら、詳しい人からのアドバイスで「無理矢理、具体的な事例を出さなくてもいい」「障害手帳を持っているというだけで監督署はわかってくれる、いくつも現場を見ているから」
ん〜そんなもんかな。とにかく苦心サンタンして申請書を書き上げ、ドキドキしながら提出。


ハローワーク労働基準監督署へは何度もアシを運んだけれど、このふたつは雰囲気が全然違う。ハローワークはいつも求職中の人があふれていて雑然とした感じ。そして職員の人たちはひとりひとりのさまざまな相談事にマジメに対峙している風で、どことなく人間臭さを感じる場所である。お役所にしてはめずらしい。しかし、監督署は全然違う。職員のみなさんは固い表情で静かに座してひたすら書類作成などに励んでおられる。訪れる人は少なく、部屋の中も静まりかえっている。用事があっていくんだけど、なんとなく声をかけにくい雰囲気。おずおずと声をかけると、やけに自分の声が響き渡ったような感じがして、なおいっそう気分は萎える。こっちの思い過ごしかもしれないけれど、やりとりもハローワークのように親切な感じはしない。わからないことを訊ねても、わかりやすい返事はかえってこない。まぁね、労働基準法を違反していないか監督するところなんでしょ、ようするにあそこは。法律を守らせる役所があまりアイソウよくてもヘンだしね。


で、申請書が受理されたら監督署からは実態を視察(査察というのかな)にいらっしゃる。この一度の視察で全てが決まる。最低賃金除外がOKかNOか。ここで拒否されたらめんどうなことになる。再度、賃金を上げて申請しなおすのか、あるいは除外せずに最低賃金をクリアしたガクを支給するか…そうなってくると、収支が破綻して我がパン屋さんはやってられなくなるのだ。だってメイトさん、3人だよ。どうしよう…
と、ドキドキしつつ当日を迎える。何を見てどう判断されるのだろう。申請書にはズラズラ理由を書いたけど、メイトさんが慣れてきた仕事もあるし、たまたまそういうところだけ見られるとテキパキ働いてるふうに思えるかも。怜悧な調査官がやってくるのかなぁ…
ぐるぐる考えていると、やってきたのは物腰のやわらかい若い男性職員でどことなく温かみも感じられ、とりあえずはホッとした。せまい厨房なので目とハナの先で3人のメイトさんが仕事をしている横で、提出書類に基づき私への聞き取り調査が始まった。仕事の内容や、どういったことがうまくできないか、どういう対応が必要なのか…などなど。若い調査官は私の答を丁寧に聞き取ってくれて、それが仕事なんだろうけれど、私にしたらその丁寧さはとても意外な感じがした。なんとなくタカビーな扱いを受けるような気がしていたので。で、監督署の調査というよりは世間話のように聞き取りは進められ、最後にメイトさん一人一人に声をかけられた。それまでは、なんだか安心しきっていたのにまたまたドキドキしてしまった。いったいどういう質問をしてどういう答をするのだろう。


私の心配が伝わったか、3人とも不安そうな表情をして調査官の後ろに立っている私をじっと見る。まるで救いを求めるように。調査官はメイトさんの緊張を解きほぐすように静かに質問をする。
「いつからここで働いているのですか?」
どうすればいいのかわからなくて、調査官を飛び越して私の方をまたまたジッと見つめるメイトさん。
「聞かれていることに答えてください。いつからお仕事に来てるんだっけ?ここのお店はいつオープンした?」
「3月の…」 … 「ついたち」 …
不思議なことにこれと同じようなやりとりが3人とも繰り返された。3人並んでそれぞれに同じ質問をするのに、また同じことの繰り返し。前の人にされてる質問や答を聞いた後なのに。緊張しているせいもあるのだろう。ふだんスタッフとやりとりしている時とは別人のような反応だった。そのやりとりを聞いていて、なんとなくいたたまれない気分になった。最低賃金除外申請の書類を書いたのは自分だ。除外のための理由も書いた。そして今、調査官による質問を受けている。そこには本来の能力よりもずっと劣っているとみなされるような姿がある。申請を却下されるのは困る。でもこういうのは、なんだかいたたまれない。


3人へのひととおりの質問が終わり、これでおしまいかと思っていたら、最後に「仕事をしていてどうですか?」と調査官が質問を重ねた。すると、それまで虚ろな表情をしていたメイトさんの表情がパッと明るく変わり「仕事…仕事はとても楽しいです!」と、キッパリと言い切った。調査官はニッコリ笑って「楽しいですか、それはよかったですね。がんばってください」と、声をかけている。それまで張り詰めていた私の気持ちが、スッと緩んだ瞬間だった。調査官は私の方へ向き直り、「お忙しいところ、おじゃましました。結果が出たらまたお知らせします」と、あっさりと調査が終わったことを告げる。「はい、よろしくお願いいたします」と、あいさつをして調査官を送り出す。


この後、調査官は売場でパンを購入。これは全く予想もしていなかった。なんとなく、そういうことはしないヒトたちだと思っていたので。調査にいったところの売り物を買うだなんて。ガラスの窓越しに調査官の表情が見える。トレイとトングを持って楽しそうにパンを物色している。ギリでも、憐れみでもなく、単純に「美味しそうだから買っていこう」という行動のように見える。自分の昼食用なのか、2つ3つパンを選びサササと立ち去って行く後姿を見て「いいヒトやぁ〜」と、つぶやく私


パンを買っていくヒトは、みんな いいヒト